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2018年7月20日金曜日

あるメジャーなバレエの先生のお言葉

【雑なお仕事をなさる大手会社さん】
メッセージありがとうございます!
いつも、丁寧なお仕事をなさっているご様子をFBを拝見して素晴らしいなぁと感じております。(雑なお仕事をなさる大手会社さんがありいつも、悲しいなぁと感じております)

現在は、ビデオグラファーとして活動させていただいておりますが、私も大手のテレビ番組制作会社にいてたので良く分かります。

【私の回顧録】
入社したころ、会社には二つの労働組合があり、反対運動に参加していない私を含む4人が、カメラマンテストをさせていただいた。その後、直属の上司からお茶に誘っていただき話の内容は、「4人の中で君が一番上手い。」だった。そして、本社が忙しい時は、カメラマンとして数回呼んで頂いた。もちろん、本社の部長に気に入られたからだ。そんな中、直属の別の上司が、こちらにもローテーション(局のカメラマンに気に入られていた。)があり、私を本社に呼ばないでくれと言ったそうだ。だから、折角のチャンスを無能な上司に踏みにじられたのだ。そして、「年功序列で順番を待ってくれ。」と言われ5年半待たされた。配属先は、超ローカルテレビ局で、マイナーな撮影ばかりでした。局側も新人教育の場にされていることを承知の上で契約しているようだった。そんな中、先輩達が3年かかって覚える仕事を1年でマスターしてやると心に誓い、ズームも電動に頼らず手動で腕を磨いていた。そして、本社にも仕事が増え始め、半人前ながら活動している時にチャンスが訪れ、ローカルテレビ局の局長から電話が入り関東のテレビ局が、地元でドキュメンタリー番組の撮影をするので、やってみないかと推薦していただいたのだ。もちろん、喜んでお請けした。その後、2年程、続かせていただいたが私も売れてきて、VHF準キー局のドキュメンタリー番組を撮影してたので後輩に譲った。しかし、関東のディレクターは、私を指名してくれていたので、それっきりになったそうだ。ちなみに、あの4人の中で最初に上がった者は、アル中の上、先輩風を吹かしていて後輩からは嫌われ、独立した会社の先輩に拾ってもらったが、アル中のままクビになったそうだ。2人目は、世渡り上手なだけで無難にこなしマニュアルどうりに撮影する普通のカメラマンであり、3人目はカメラマンの素質はなくディレクターとして修行していたが、物にならないまま、本社に上がってもADをしているだけでその後は知らない。3人目もしたたかな奴で、カメラマン志望なら本社に上げてくれることを知り、カメラマンで上げてもらったのに、VHF局では使い物にならず、ローカルテレビ局にディレクターとして逆戻りした。丁度、私がカメラマン修行している時だった。その後、月日も流れ一人前のカメラマンとして自他共に認められ、先輩達が歩んできたドキュメンタリーを次々にこなし、伝統を受け継いで来たが、3人目のしたたかな奴が番組担当すると、番組が終わってしまったようだ。話を戻すと、新人のころカメラマンとして本社に呼んで頂き、社長と私と別の部署のカメラマンとドライバーの4人でロケ地に移動する時に、社長が「内でナンバーワンのカメラマンは○○だなぁ。」という、学校の先輩でもある方とご一緒で撮影する機会を得、私はサブカメラマンとして出張に連れて行ってもらった。私の役割は、近々生まれるであろう競走馬(サラブレッド)の出産待機と牧場付近の関連取材だった。母馬の名前はビーバーと言い、柵に近づいては「ビーバー、ビーバー」と声を掛けた。ある日、私を見るなり近づいて来てくれたので、長い鼻を摩ってはスキンシップをしていた。しかし、当初の日程は一週間だったが、生まれないので日程を延ばした。そんな中、初春の夜は、まだ肌寒く牧場長が「寒いのでコタツに入って休んでください。」とおっしゃる中、どうしても、「馬が気になります。」と言い馬小屋に行くと母馬からすごい湯気が出ていたので牧場長に伝えると「生まれるーーっ」と全員飛び出した。私は無我夢中で撮影を開始した。すると数分で馬の出産風景の撮影に成功したのでした。その後、「母馬が人間にお尻を向けて生むことは滅多に無い。」と牧場長が言ってくれた。別行動でロケをしていた先輩カメラマンに連絡が入り、あくる日に戻って来ましたが、肝心の出産風景を後輩の私に撮られてしまったのが、余程、悔しかったのだろう。カメラの内蔵フィルターを間違えて映像が赤くなっていた。(当時は白黒のファインダー)その後、本社に戻っても、部署も違うし、あまり可愛がってくれなかった。もちろん、その方はナンバーワンカメラマンなので、尊敬し勉強させていただきました。そんな中、ある番組で、フリーのディレクターと一緒に仕事する中、別会社へのヘッドハンティングとして紹介され、「一大イベントの仕事をするので、是非、君にしてもらいたい。」だった。結局、入札に落ち、夢となったが、今度は、あるTV-CM会社がドキュメンタリーを撮影するので、アクティブに動けるENGカメラマンとして、社長から推薦していただいた。そのご縁が、今日まで続いているのです。人生いろいろ、無能な中間管理職や年功序列の悪しき人事に放浪されながらも、腕を磨くことを忘れず、気がつけば全てではないがナンバーワンカメラマンと言われた先輩よりも遣り甲斐のある撮影をさせていただいているように思う。ありがとうございました。

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